<<母語の大切さ>>
■渡日の時期の影響
外国につながる子どもたちの母語の意識や大切さは一人一人によって違います。それぞれの環境や思いの違いがあるので、一般化はできませんが、母語の大切さや母語学習を考えるには、言語の発達段階も考慮する必要があります。つまり、渡日した時期が母語学習に大きく影響するので、目安として大まかに、以下のように分けて考えるとわかりやすいでしょう。0〜3歳ごろ、4〜10歳ごろ、10歳〜16歳ごろ、17歳ごろ以後、2−3世
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■母語とは何をさすのでしょう
母語とは、一番初めに覚えた言葉で、現在もっとも理解できる言語で、頻繁に使用し、自分自身がしっくりと一体感が持てかつ周りの人もそう認める言語をさす場合と、親(または祖父母)が日常的に使っていたことばとして、本人のルーツに関わることばをさす場合もあります。このように母語は、習得時期、習得順序、熟達度、使用頻度、内的・外的アイデンティティーの4つの側面から定義できるといわれています。(スクトナプ=カンガス2008:60-66)このほかにもさまざまな定義があります。「継承語」ということばも広く使われています。
国際結婚で生まれた子どもは、父親(例えば日本語)と母親(例えばフィリピノ語)のそれぞれの言語が母語になりますが、実際は、日本に住み、日本の学校に通えば、日本語との接触量がフィリピノ語より格段に多く、質も違ってくるので熟達度や使用頻度に違いが生じ、それが外的、内的アイデンティティに影響を与えることになります。それが母語維持の難しさと大切さです。
ろう児の場合は、両親が約90%の割合で聴者なので、母語である日本手話を出自とは関係なく両親以外の周りの大人から学ぶことになります。しかし、学校では、日本語の音声と文法に対応した音声日本語または日本語対応手話の習得が第一になっており、母語である日本手話を活用できないのです。これも母語維持の問題として取り組むべき課題でしょう。
国際結婚で生まれた子どもは、父親(例えば日本語)と母親(例えばフィリピノ語)のそれぞれの言語が母語になりますが、実際は、日本に住み、日本の学校に通えば、日本語との接触量がフィリピノ語より格段に多く、質も違ってくるので熟達度や使用頻度に違いが生じ、それが外的、内的アイデンティティに影響を与えることになります。それが母語維持の難しさと大切さです。
ろう児の場合は、両親が約90%の割合で聴者なので、母語である日本手話を出自とは関係なく両親以外の周りの大人から学ぶことになります。しかし、学校では、日本語の音声と文法に対応した音声日本語または日本語対応手話の習得が第一になっており、母語である日本手話を活用できないのです。これも母語維持の問題として取り組むべき課題でしょう。
■多文化社会トロントでの研究成果から分かったこと
カナダは移民の国として知られているとおり、さまざまな文化背景を持つ人々が時代を通して流入し,定住しています。それにともなって移民の母語や第二言語学習などについても言語学者、教育者、言語政策研究者等が長年にわたって実践研究しています。それは単に研究としての研究だけでなく、社会を担う人々のために、ひいては国家のためにという高いビジョンを持って取り組まれています。
以下に、これまでの研究の知見で明確に母語教育の意義について分かっていることをカナダのトロント大学教授カミンズ博士の研究(カミンズ 2011)から紹介しましょう。
以下に、これまでの研究の知見で明確に母語教育の意義について分かっていることをカナダのトロント大学教授カミンズ博士の研究(カミンズ 2011)から紹介しましょう。
1)バイリンガリズムは言語の発達にも教育上の発達にもプラスの影響があります。
2)母語の熟達度で、第二言語の伸びが予測できます。
3)学校の中での母語伸張は、母語の力だけでなく学校言語の力も伸ばします。
4)学校でマイノリティー言語(少数派の言語)を使って学んでも学校言語の学力にマイナスにはなりません。
5)子どもの母語はもろく、就学初期に失われやすいものです。
6)子どもの母語を否定することは、すなわち子ども自身を否定することになります。
2)母語の熟達度で、第二言語の伸びが予測できます。
3)学校の中での母語伸張は、母語の力だけでなく学校言語の力も伸ばします。
4)学校でマイノリティー言語(少数派の言語)を使って学んでも学校言語の学力にマイナスにはなりません。
5)子どもの母語はもろく、就学初期に失われやすいものです。
6)子どもの母語を否定することは、すなわち子ども自身を否定することになります。
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(出典:ジム・カミンズ著・中島和子訳(2011)『言語マイノリティーを支える教育』慶應義塾大学出版会 p.64-68より)
■情緒を安定させ自己を形成します
人は言葉を介して他者と結ばれ,他者とともに生活をし、自分の居場所を作ります。それがあるとき突然、一言も自分の言葉を理解してくれない環境に置かれたら誰でも戸惑うことでしょう。ましてや,それが小さい子どもだったらなおさらです。自分が話している言葉を否定的にとらえ人前では話さないようになってしまいます。外国につながる子ども達は、アイデンティティ形成のプロセスにおいて、自己のルーツの否定や隠蔽(改名など)、葛藤、アイデンティティの揺らぎなど様々な問題を抱えていることが指摘されています。
言語は文化の一部であり、子どもの文化的アイデンティティ形成に深く関わっています(関口2002、山中2010)。外国につながる子ども達が母語を使用することによって「母文化の中に自己」を形成することが出来ます。石井(1999)は「母語で学習するチャンスが多様な言語背景を持つ子どもの自尊感情を高め、情緒的な安定とアイデンティティの確立を支援する」と述べています。母語で話しても良いという環境は、子ども達の自己肯定感をも育てます。ですから、家庭だけでなく、学校内や教室内において母語を使える場、母語を話しても良い環境、話しやすい環境を整えてあげることが私たちに求められているのです。
言語は文化の一部であり、子どもの文化的アイデンティティ形成に深く関わっています(関口2002、山中2010)。外国につながる子ども達が母語を使用することによって「母文化の中に自己」を形成することが出来ます。石井(1999)は「母語で学習するチャンスが多様な言語背景を持つ子どもの自尊感情を高め、情緒的な安定とアイデンティティの確立を支援する」と述べています。母語で話しても良いという環境は、子ども達の自己肯定感をも育てます。ですから、家庭だけでなく、学校内や教室内において母語を使える場、母語を話しても良い環境、話しやすい環境を整えてあげることが私たちに求められているのです。
■生活するための言語能力と学習するための言語能力の区分
外国人児童生徒にとって言語は、生活するだけでなくさまざまな教科を学習するうえでも重要なものです。学校では日本語を使用する頻度が高いため、早ければ1~2年で日常会話程度の日本語は身につけられるようになります。しかし、教科学習についていくためには、5~6年かかると言われています。一般に日常生活でコミュニケーションをする際に使用する言語能力のことを、「生活言語能力」、抽象的、概念的な理解や、教科学習に必要な言語能力の事を「学習言語能力」といいます。学習言語能力が身につくまで、長い期間、日本語力の不足によって、教科学習についていけない状況に直面することになります。そのため、「勉強のできない子」と周囲から思われ、自分もそう思ってしまうことがよくあります。学習言語力が十分発達することで、勉強がよくできるようになる子ども達も多いのです。
生活言語能力・学習言語能力・言語能力の内部構造について
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■カミンズの相互依存仮説
生活言語能力と学習言語能力については、母語、日本語の違いに限らず、共通して育成する事ができる共通部分があると言われています。 それは、母語の学習言語能力です。外国人児童の母語での学習言語能力は第2言語にも転移すると言われています。このことをカミンズは相互依存仮説として説明しています。外国人児童生徒に母語で学習の支援を行った場合、母語で習得・理解した内容は、日本語での学習内容の習得・理解にも繋がります。
カミンズの相互依存仮説について
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■第2言語習得にかかる時間と領域の関係
ある言語を自由に操れるようになるというのは、どのようなことをさすのでしょう。一般に、会話面と学習言語面では、習得にかかる時間は大きく異なると言われています。たとえば、海外旅行で相手国の言葉がわからなくてもなんとかジェスチャーや指差しで
道を聞いたり買い物ができたりします。このように観光地で旅行者の格好をしてうろうろしていれば、その状況(場面)が会話理解に繋がるので、言葉は片言で相手にいわんとすることは伝わります。カミンズの説によるとこのようなサバイバルの会話力なら、1~2年で習得できます。黒板の字を写すとか、料理に必要な物のリストを作成するなどになると場面からのヒントがないのでだんだん難しくなります。さらに学校教育では、視聴覚教材があれば理解の手助けになりますが、教科別に本を読む、レポートを書く、口頭発表をするという高度な認知力を要する課題がたくさん出されます。このような場合、母国で学校経験のある8歳以降に来日した場合は、5~7年、8歳以前に来日した場合は、7~10年かかると言われています。このようにどのような領域の力をつけるかにより習得にかかる時間が異なります。その点も配慮して母語教育と連動させて第二言語(日本語)を教える必要があるでしょう。
道を聞いたり買い物ができたりします。このように観光地で旅行者の格好をしてうろうろしていれば、その状況(場面)が会話理解に繋がるので、言葉は片言で相手にいわんとすることは伝わります。カミンズの説によるとこのようなサバイバルの会話力なら、1~2年で習得できます。黒板の字を写すとか、料理に必要な物のリストを作成するなどになると場面からのヒントがないのでだんだん難しくなります。さらに学校教育では、視聴覚教材があれば理解の手助けになりますが、教科別に本を読む、レポートを書く、口頭発表をするという高度な認知力を要する課題がたくさん出されます。このような場合、母国で学校経験のある8歳以降に来日した場合は、5~7年、8歳以前に来日した場合は、7~10年かかると言われています。このようにどのような領域の力をつけるかにより習得にかかる時間が異なります。その点も配慮して母語教育と連動させて第二言語(日本語)を教える必要があるでしょう。
(出典:中島和子編著(2010)『マルチリンガル教育への招待 言語資源としての外国人・日本人年少者』ひつじ書房)
■家族のコミュニケーション・ツールとして役立ちます
母語は日本語習得が困難な保護者と、児童がコミュニケーションをはかるための重要なツールでもあります。家庭内で母語をコミュニケーション言語として活用し、児童(子ども)が母語を習得(維持)することが大切です。特に、幼少期に渡日した子どもや、日本で生まれ育った「2世、3世」は、意識していないと日本語が日常的に使用する生活言語となってしまい、母語の習得(維持)の機会を失いがちです。そのため、しばしば日本語が第一言語となった児童(子ども)と、母語しか話すことができない保護者との間でコミュニケーションが断絶するという問題や、言語コミュニケーションが取れないことから親子の心理的不安定をもたらす事例が起こっています。こうした家族内のコミュニケーションにおける問題にも目を向ける必要があるでしょう。
■母語は皆の宝になります
日本にいる外国人児童・生徒の母語は、皆の宝なのです。グローバリゼーションの世界では、日本語だけで物事を考えていたのでは、追いつかないのです。多様な言語とそれに密接に関連した文化の理解が豊かにあればあるほど日本の国策としても繁栄につながるのです。
これを母語資源論と呼びます。これは、地域社会や国レベルで母語教育を実現することの政策的意義を主張しています。より広い社会的文脈から多様な母語の学習を積極的な社会的・人的資源として認め、多様な母語(言語)運用能力使用者を長期的に育成していくことが社会的メリットになるという考えです。(ジムカミンズ、マルセル ダネシ2005、中島2010、松田 2009:p255)。とくに日本での母語教育は、日本の言語や社会、文化のことをも理解できるバイリンガルやバイカルチュラルの人材を育成することにもつながります。
カミンズとダネシ(2005)は、母語を育成することは、将来的にその国の国際協力や国際理解、外交関係にも役に立つと主張しています。たとえば、多様な言語使用者の拡大は、言語文化に精通する人材を増やすことにつながります。このことから、国際的な経済発展を促す「経済資源」としても外国人児童に対する母語教育が重要であると主張されています。
現在、日本は多文化共生社会というビジョンを打ち出しています。多くの可能性を秘めた、「多文化の種」として存在している外国人児童・生徒への母語支援教育に力を入れることは、「文化資源」、「経済資源」をはじめとしたあらゆる場面で重要となってくると考えられます。
これを母語資源論と呼びます。これは、地域社会や国レベルで母語教育を実現することの政策的意義を主張しています。より広い社会的文脈から多様な母語の学習を積極的な社会的・人的資源として認め、多様な母語(言語)運用能力使用者を長期的に育成していくことが社会的メリットになるという考えです。(ジムカミンズ、マルセル ダネシ2005、中島2010、松田 2009:p255)。とくに日本での母語教育は、日本の言語や社会、文化のことをも理解できるバイリンガルやバイカルチュラルの人材を育成することにもつながります。
カミンズとダネシ(2005)は、母語を育成することは、将来的にその国の国際協力や国際理解、外交関係にも役に立つと主張しています。たとえば、多様な言語使用者の拡大は、言語文化に精通する人材を増やすことにつながります。このことから、国際的な経済発展を促す「経済資源」としても外国人児童に対する母語教育が重要であると主張されています。
現在、日本は多文化共生社会というビジョンを打ち出しています。多くの可能性を秘めた、「多文化の種」として存在している外国人児童・生徒への母語支援教育に力を入れることは、「文化資源」、「経済資源」をはじめとしたあらゆる場面で重要となってくると考えられます。
■多文化共生社会の一端として取り組みましょう
学校では「総合的な学習の時間」という児童の主体性を育む取り組みがカリキュラムとして位置付けられています。その一環として、国際理解教育というテーマが設けられています。国際理解教育では、「児童・生徒がさまざまな国や文化について理解を深め、違いを豊かさだと感じる感性を育み、平和な世界を構築する一員となる基礎を築くこと」が目標とされています。このような目標を掲げ、授業の一環として外国人児童の母語教育推進に取り組むことはもちろんのこと、学校として母語教育や多言語の教育の取り組みを展開することで、学校全体に異文化を尊重し理解する効果を生みます。学校全体で取り組むことで、外国につながる子ども達が、自分の母語は大事なことばなんだと感じ、学校内、教室内、友だちとの会話でも母語を使えるような環境づくりをし、さらに周りの日本人児童も、いろいろなことばが見聞きできる環境を普通のことと思えるようになっていくでしょう。
総合的な学習をはじめとした授業や学校行事を通して、学校全体が異文化への興味や関心を持ち、尊重することで、理解が深まり、多文化共生と国際理解へつながっていく道筋が広がっていきます。
総合的な学習をはじめとした授業や学校行事を通して、学校全体が異文化への興味や関心を持ち、尊重することで、理解が深まり、多文化共生と国際理解へつながっていく道筋が広がっていきます。
■参考文献
石井美佳(1999)多様な言語背景を持つ子どもの母語教育の現状—神奈川県内の母語教室調査報告, 中国帰国者定着促進センター紀要
ジム・カミンズ著・中島和子訳(2011)『言語マイノリティーを支える教育』慶應義塾大学出版会
ジム・カミンズ,マルセル・ダネシ,中島和子,高垣俊之著(2005)カナダの継承語教育,明石書店,東京都
関口知子著(2003)在日日系ブラジル人の子どもたちー異文化間に育つ子どものアイデンティティ形成,明石書店,東京都
中島和子編著(2010)『マルチリンガル教育への招待 言語資源としての外国人・日本人年少者』ひつじ書房
野津隆志(2010)母語教育の研究動向と兵庫県における母語教育の現状, 外国人児童の母語学習支援をめぐるネットワークの形成の国際比較 研究成果報告書
松田陽子(2009)『多文化社会オーストラリアの言語教育政策』ひつじ書房
ジム・カミンズ著・中島和子訳(2011)『言語マイノリティーを支える教育』慶應義塾大学出版会
ジム・カミンズ,マルセル・ダネシ,中島和子,高垣俊之著(2005)カナダの継承語教育,明石書店,東京都
関口知子著(2003)在日日系ブラジル人の子どもたちー異文化間に育つ子どものアイデンティティ形成,明石書店,東京都
中島和子編著(2010)『マルチリンガル教育への招待 言語資源としての外国人・日本人年少者』ひつじ書房
野津隆志(2010)母語教育の研究動向と兵庫県における母語教育の現状, 外国人児童の母語学習支援をめぐるネットワークの形成の国際比較 研究成果報告書
松田陽子(2009)『多文化社会オーストラリアの言語教育政策』ひつじ書房